CULTURE

パイプの波に教えてもらった「ポノ」

Keito-Matsuoka-A-

写真 / 日本人チームで満点を出した松岡ケイト選手

久しぶりに鳥肌が立つ体験をしました。

感覚が消えないうちに、このまま話に入っちゃいます(笑)個人的な言い回しになりますが、きっとハワイアンを体験している人たちには、通じるものがあるのではないかと。記事としての出来は良くないかと思いますが、ご了承くださいませ(苦笑)

昨日と一昨日、ダフイバックドアシュートアウトというサーフィンの大会で、インタビューの通訳を頼まれ、行ってきました。(仕事をしている間にライブ中継で私の姿を見たと、友達からフェイスブックメッセージをいただいたりしました(笑))  

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試合会場は、サーフィンの聖地と言われていわれているパイプライン。インタビューの相手は、選手達と、大会ディレクターたち。彼らのご機嫌と都合の伺いながら、良いタイミングを見計らって、突っ込んで取材、という仕事。なので、ボルコムハウスという名前で有名なビーチフロントの家(大波が割れる真ん前の)のポーチで、選手の中に埋もれて一日を過ごすということをしたわけです。

大会は普通の大会とは違い、会場を使う権利があるうち、できるだけたくさんのラウンドをこなし、その中のベストポイントを個人のポイントにし、優勝者を選ぶ。それだけでなくチームとしてポイントも争い結果を選ぶ。

「こんな大きな波では自分がポノでなければならない。サーフィンの大会といえども戦うのは相手ではなく自分。いかに自分が冷静でこの瞬間を喜び、感謝できるかが良い波を掴む秘訣だ」

「かつてビックウエイバーだったエディーもこの場所で波乗りするのが好きで、良い波に乗る時には、必ず彼の祖先のホヌが現れてガイドしてくれたと言っていました。彼はワイメアに住んでいたヘヴァヘヴァの子孫なんです。」

「この大会で世界の人に見せたかったのは、アロハなの。選手だけではなくジャッチや、レスキューの人たち、舞台を作る人たち、みんながそれぞれの役目を生き生きとしてやる。力を合わせて素晴らしい大会ができる様に、ご先祖様にきてもらいガイドをしてもらう。そのために、カメハメハの子孫に開会式に出てもらいました。世界がバラバラになっている今だからこそ、私たちのこのローカヒ(多くの手が繋がる)で形になる大会を見てもらいたいんです。」

「俺たちはジェットスキーで選手達の命を守ります。道具は違えど、私のお爺さんも海を守るライフセーバーで、国籍を問わず、海で遊ぶ人たちの命を泳いで守ってきました。年々サーファーの技術が上がり、さらに大波にチャレンジする様になったから、スケールは違うけど、心は同じ。人を水難事故から守る。それだけです。」

「海岸の侵食が進んでいるけど、昔は海岸線にネイティヴプラントが植えられていました。その植物達が土地の水分を吸い取ってくれたから、土地が崩れることがなかったんです。ところが今はその植物が取り除かれ、コンクリートになった。リアクションはすぐには起きないかもしれないが、自然を変えるということをしてしまうと、先の先に何かお返しがきてしまう。そのことを今の人たちにあまり伝わってない様に思えます。」

「古代のハワイは全て自給自足の生活をしていました。山と平地、そして海。全てが繋がっていたのです。今は、その繋がりがなくなった。サーファーたちが、改めて繋いでくれる。そんな風に思えます」

「自分でもあんな波に乗れるとは思わなかった!乗った後に足が震えて。なんだか神秘を感じました。」

こんな話を一日中聞きながら、人の5倍もある波が割れる場所にいた私。波が割れるごとに地響きを感じ、潮がかかってくるところに一日身を置いているうちに、思い出したのです。

忘れていた「この波に惹きつけられて日本からやって来た」こと。あの大波を目の前にし、乗ろうと頑張っていた頃の感覚までも突然戻って来たんです(笑)。。。忘れていたってのも凄いですよね。すぐに忘れちゃうから(笑)自慢話しにならない様に気をつけながら伝えたいことに集中して書きますね。以下に。

あれは22歳の頃でした。日本にいた私は、学生時代にずっとスポーツに没頭して来たんですが、(バレーで春高バレーやら国体やらに出たほどの学校でした)一度、体を壊し心が壊れ、スポーツの道から外れたことがあったんです。その後、自分の使い道がわからず、どこに立っていいのか、どこに属していいのか、わからずかなり不安定な時期を過ごしていました。お金持ちではなかったから看護師になり仕事はしていたものの、自分の軸がなかった様な状態で、心地悪い日々をかろうじて過ごしていた状態でした。

そんな時に見せられたのが、パイプラインの波に乗る人たち。「あれだ!あれをやるんだ!」と思った瞬間から、何か不思議とパワーが湧き、いつのまにか、パイプにチャレンジする道を作り上げ、海に浮いていました。波に乗れる様になると、様々な会社から「うちのライダーになってくれ」などとオファーが来たり、雑誌で取り上げられたりし、「熱血選手」「戦う人」などと、言われる様になりました。

その時に気がついたんです。世間の目とのギャップの大きさに。大波が割れてるあの波に入る前に、私は、必ず海水を一口飲んだこと。それをすることで、体と海が一体になれると感じたということ(笑)。パドルしてゆく時は、大波ではなく、自分の腕が確実に自分の周りの水を掴み、前に進んでいることを100パーセント感じる様にしたこと。沖ではエキスパートがいても、自分と変わりない横並びの人間にすぎないと思っていたこと。近づいてくる大波を怖いと思うことなく100パーセント味方だと信じていたこと。スローモーションの様な感覚だったということ。まとめてみると、戦いのたの字も出てこない感覚でした。

今思うと、あの状態が「ポノ」そのものだったのかもしれません。。。最後に、慶応大学でアメフトのコーチをしているハワイアンのディレクターに言われました。「通訳、うまいね。僕が本を出す時にはお願いするよ」と言ってもらったんですが、プロの通訳とは程遠い技術だったと思います。実は通訳なんてやったことないのに、仕事を受けたんです。思いは、「こんな私にできることがあるのでは」と。ドキドキする思いもありましたが、何か自分よりも大きいものが「私をきっと試しているんだ」と思えて引き下がってはいけないと思いました。

結果、自分が何かを持った気分がしました。

「あなた自身がポノなら、物事は自分が思っている様に収まるのよ。そして、今ここにいる人の、一人一人がポノならば、あえて何かをしなくても、自然と土地は癒される。地球が癒されていくの」

仕事を終えたその夜、床の中で、過去にハワイアンの長老にもらった助言が、頭の中をグルグルと回っていました。自分の前に現れること、現れる人は、意味があってやってくるのかな、などと思いました(笑)

それではまた次回まで。

アロハ!

記事: エミコ•コーヘン
ノースショアの宿(ハワイラブカード加盟店)
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